衝撃的な記事が飛び込んできました。


”布場ゲレンデ閉鎖”
湯沢町、布場ゲレンデ閉鎖方針


(記事全文/新潟日報モアより)

湯沢町、布場ゲレンデ閉鎖方針

 湯沢町は23日の町議会全員協議会で、同町湯沢の湯沢高原スキー場・布場ゲレンデを2019年3月末で閉鎖する方針を明らかにした。隣接する布場ファミリーゲレンデと高原エリアの営業は続ける。

 布場ゲレンデは町が1955年から運営。2007年には町と貸借契約を結んだ民間企業が運営していた。かつてはファミリーゲレンデと合わせ、JR越後湯沢駅や温泉街から近いスキー場として親しまれたが、近年は利用者が減っていた。

 田村正幸町長は「地元からは存続を求める要望があったが、収支の面から存続は困難と判断した」と話した。




湯沢小学校の子供達がホームゲレンデとしていた布場ゲレンデ。
授業も布場ゲレンデでした。(低学年はファミリースキー場)
私は家も近かったこともあり、家からスキー装着してスキー場まで行ったこともしばしば。
(昔は雪も多かったので)
バブル当時は本当にどのリフトにも長蛇の列で、滑って降りてくる何倍もの時間を費やして並んでいたものです。
昔は布場ゲレンデから湯沢高原へ登る手段として、ロープウエイではなく通称第6リフト(一人乗りリフト)に乗車し、ダウンヒルコースを滑っていたのですが、その第6リフトが廃止された時から、時代は変わったなーと感じでいました。
布場ゲレンデのロッジも今は辞めてしまっている店舗さんが多いのですが、当時は食堂も兼ねて営業されていたため、どこも昼になると満員で食べるのに待たなければいけない状態がよくありました。
バイトで行っていたロッジも、昼は食堂・夜は宿泊でお大忙し。
朝は早くから朝食の支度、午前は掃除・洗濯、お昼は食堂、午後は休憩を挟み、夕方は夕食の支度…というめまぐるしい時期を過ごしていました。
コレはコレで確かに大変でしたが、(少々文句を言いながらも)結構やりがいのあるバイト経験でした。
ここから接客応対や、どれだけサポートに回れるか、どれだけやるとお給料がもらえるか…などを学んだ気がします。

とても地元からも愛されてきた思い出のある布場ゲレンデ。
スキー場会社に参入してもらい、運営して再開できるようになる日を、見守っていきたいと思います。