田熊です!!
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昨日は啓蟄ということもあり、だんだんと暖かくなってきましたね!

啓蟄(けいちつ)というのは、暖かくなって生き物が土から出てくる
時期ということらしいので、古民家に住む私としては
少々憂鬱な気分にもなる今日この頃です。。。

でも、良いこともありますねぇ!
今朝も勝浦市の部原海岸でサーフィンをしてきたのですが、
今朝は暖かかったので思い切ってブーツを履かないで海に入ってみたところ、
最初はひんやりしましたが全然平気でした。

この部原海岸には個人的な思い出があります。

私が高校生だった頃にサーフィンブームがあり、
当時流行っていた「Fine」という雑誌には
(今でも出版されているようですが、昔とはずいぶん雰囲気が変わっております)
同じくらいの歳の方たちがサーフィンを楽しむ様子や
サーフブランドの洋服に身を包んだモデルがカッコよく載っていました。

流石に群馬から高校生が電車でサーフィンに行くという発想は
最初はなかったのですが、当時の友人の一人がなんとサーフィンを始めました。

実は湘南に友人の祖父母の家があり、そこに泊まりながらやっていると・・・。
湘南と聞いただけで高校生の頃の私は
「あのFINEでよく見る湘南か~羨ましいな~」と、
「生まれ持ったもの」という現実を直視しなんとも言えない
悔しさを感じたのを今でもよく覚えております。

極めつけに、その湘南の祖父母の家に行くときには友人の姉弟の彼氏が
当時流行っていたアメ車に乗っていて、その車で行くんだ!
と言われ更に羨ましくなり、こうなったら自分の力でどうにかしてやる!!
と思い、群馬の高校生が電車でサーフィンをする計画を立てるのでした。

先ずは道具です。Fineの裏の方に安いサーフボードやら
ウェットスーツの通販が載っていたので、それを見て
予算を立てました。確か全部で10万円位だったと思います。

当時植木屋さんとイタリアンレストランでバイトをしていたのですが、
10万円貯めるのは大変だった思い出があります。

数ヶ月後どうにか、お金を貯めて通信販売でサーフィンに必要な道具を
全て揃えることが出来ました!
サーフボードやウェットスーツが届いた日の感動は今でも忘れられません!

お風呂に水を張ってウェットスーツを着て入ってみたりもしました。
今考えるとバカみたいですが当時は嬉しくて嬉しくて
「これで俺もサーファーになれる!!」と思い興奮状態でした。

後は、〝どうやって海まで行くか?″という問題と〝誰に教わるか?″
という問題が残っていますが、もちろん友人に
一緒に行きたいなんて、口が裂けても言うものかと思っていたので
その友人にはサーフィンを始めることさえ言わなかったです。

その、問題もやはりFineが解決してくれました。
そこには東京のお店まで来てくれれば有料で海の近くのクラブハウスまで
車で乗せてきてくれて、有料でサーフィンスクールまでしてくれると書いてあります!
これで私のサーフィンデビューの日取りが決まりました。
今思えばインターネットのない頃ですので、fineが当時私のバイブルでした。

そしていよいよ出発の日。

親に駅まで送ってもらい、東京のお店まで買ったばかりのサーフボードを
抱え向かうのでした。電車内ではジロジロ見られますが、
「お!やっぱりサーファーは注目されるな!」
なんて考えてましたが、今考えれば、
こんな大荷物もって電車に乗りやがってという冷ややかな目線でしたね。

東京のお店に到着し、
いざクラブハウスのある海に出発しました!

そして到着したのが、部原海岸でした。隣町が御宿だと聞いて、
「あ!そこもFineで見たことあるところだ!」と更に興奮しました!


そして次の日念願のサーフィンデビューは果たしたのですが、
腹這いになってサーフボードに乗る事さえままなりません!!
ようやく腹ばいでサーフボードに乗れるようになっても
パドルがキツくて完全に心が折れ1時間ほどで砂浜に育座りしていました。
そして私のサーフィンデビューは、ほろ苦い思い出のまま終わりました。

なぜ、今日こんなブログを書いているかというと
今朝当時東京から乗せてきてくださったサーフショップのオーナーと
お会いしてお話をして昔を思い出し今回のブログとなりました。
もちろんオーナーは当時の私のことは覚えておりませんし、
当時の話もしていませんが、懐かしくなり今回のブログとなりました。

では、なぜ!?一度で挫折したサーフィンを今やっているかは、
また機会があればブログに書きたいと思います。